東京四谷総鎮守│須賀神社

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三十六歌仙絵ご紹介(第15回)

だんだんと秋の兆しが強くなり、街も紅葉が生える季節となりました。皆様はいかがお過ごしでしょうか。
また、明日11月9日は酉の市の一の酉です。本年も須賀神社では酉の市を執り行っております。皆様ぜひ足をお運びください。

さて、三十六歌仙絵巻ご紹介、第15回となる今回は、藤原高光の歌をご紹介いたします。

 

【作者】
藤原高光(ふじわらのたかみつ)
通称:武峯少将入道、法名:如覚
生:天慶5年(940年)頃?
没:正暦5年(994年)

 

藤原高光は、九条右大臣の師輔を父に、醍醐天皇の第10皇女、雅子内親王を母の長男(異母兄弟を含めると8男)として生まれます。

甥は天皇に、また兄弟は続々と摂政・関白の職に就くという、藤原北家一族の栄華の中心に育ち、将来を約束されたエリートでした。

しかし、20歳の年に父師輔が死去すると、次の年にその身分、妻子を捨てて突然出家します。

出家後は比叡山で修行し、やがて多武峯(奈良県)にて「如覚」の名で生涯を僧として生きました。

当時の高光の行動は世に大変な衝撃であったようで、その様子を記した「多武峯少将物語」や妖怪退治伝説など様々な逸話が生まれ、現代にも残されております。

才覚もあり若い頃から歌人としても優秀で、歌集「高光集」があり、勅撰和歌集に24首が入首しています。

 

【掲載されている歌】
春すぎて
ちりはてにけり梅の花
ただかばかりぞ
枝にのこれる
– 拾遺和歌集1063 –

春も盛りが過ぎて、散り果ててしまった梅の花。ただ香(これ)だけが枝に残っています。

 

  • この歌の詞書…ひえの山にすみ侍りけるころ、人のたき物をこひて侍りければ、侍りけるままにすこしを、梅の花のわづかにちりのこりて侍る枝につけてつかはしける

 

ひえの山(比叡山)に住まう頃、とありますので、すでに高光が出家し修行に励んでいる時分のエピソードです。

とある人物から薫物(たきもの・お香)を請われた際に詠まれました。

早春の花である梅はとうに散り果ててしまった、という季節を歌っていますが、所望された薫物についての説明でもあります。

春も季節は大分過ぎたので、梅花(春に使われる薫物の名)はほぼ在庫がありません、という話を、そのもう僅か、という量について今時分の梅の花の様子になぞらえ品よく表現しました。

薫物を送られた側は「もう春も大分盛りであるのだなぁ」とか「最後の一品が得られた」など、様々な感想を得られるでしょう。僅かに本物の花がついた枝も添えられて…おしゃれですね。

 

遣いの品に添える何気無い一筆が、これほど上品で気の利いた歌であるのはやはりエリート貴族出身故の教養と才能からと思いますが、短い言葉の中に幾重にも意味を含ませ伝えることのできる和歌とは、とても便利でありつつ奥の深い文化なのだと感銘を覚えます。