東京四谷総鎮守│須賀神社

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三十六歌仙絵ご紹介(第23回)

ようやく夏の暑さもひと段落となり、
なんとなく秋の気配が感じられるようになりましたね。
朝夕の涼しさは、もう秋がやってきていると思えるくらいです。

三十六歌仙絵巻ご紹介、第23回となる今回は、源信明の歌をご紹介いたします。

【作者】
源信明(みなもとのさねあきら)
生:延喜10年(910年)
没:天禄元年(970年)

 信明は光孝天皇の曾孫で、源公忠(第16回)の息子です。937年に祖父の代より続いての蔵人となります。939年には式部小丞。慣例によって順当に昇進し、数年で若狭守従五位以下に。以降は受領として越後、陸奥など長く地方の国司を務めました。その功績を認められ、968年、治国の賞により従四位下を賜りました。

 歌人として多くの歌が残されており、主君であった村上天皇へ奉った名所絵屏風歌や宇多上皇崩御の哀傷歌が知られています。
 また夫婦であったと言われる中務との贈答歌は歌集「信明集」にまとめられ、その才の多くを見ることができます。
 後撰和歌集に初出され、勅撰入集は二十三首になります。

 

【掲載されている歌】
●屏風歌より(信明集)

ほのぼのと
有明の月の月影に
紅葉吹きおろす
山おろしの風

新古今集 冬 591

 

 

ほの暗い明け方の月の空に
紅葉の葉を吹きおろす、山颪(おろし)の冷たい風よ

 ※「ほのぼの」とは、「微暗い・仄暗い」の意味で、薄明かりの状態

 

晩秋の冷たい風吹く夜明けの微暗い空に、山から吹き散らされた紅葉の葉が月影をさえぎるという、刹那の美しさを切り取った歌です。

そこには情景も比喩もなく、ただただその風景そのものを表しています。

 和歌といえば、感動を比喩や多重の意味を含めて表現することが多いものですが、この歌は状況そのものを詠むことによって、その余白を読み手側に委ねました。のちにこれを正岡子規は『歌よみに与ふる書』にて「客観的」として評価しています。

 

 しかしこの風景は、実際に信明が見たものではなく、屏風の絵に対して献上した歌というのがポイントです。献上するものですので、私見を入れずにその内容を高めるのはなかなかの技量が必要であったと思われます。

 

 歌のシンプルな表現は、過剰に歌に取り込まれることもなく、絵の内容を鑑賞しつつ情景を補足する効果があったのではないでしょうか。

 

 この歌は高い評価を受け、その後様々な歌集に納められます。とはいえ屏風絵までは写せないので、歌のみ伝えられて現代に至りました。絵を抜きにしても、どの時代の人々にもこのクールな表現は斬新で傑出していたのでしょう。

 今の私たちには屏風の絵は知らずでも、この歌の描いた冷たい夜明け前の風の音を思い浮かべ、冴え渡る美しさを感じることができます。そういった意味では、美しく豪華な屏風絵よりも、ほんの31文字(この歌は字余りで34文字)で世界を語ることができる和歌の表現の豊かさに驚き、改めてその技巧の深さに感心いたします。